コイノニアの考え

きっと最期までたくさんのことを 私たちに学ばせてくれるのだろう。

娘に会いたいというおばあちゃん。

娘たちに会いたいという母親であるおばあちゃん。

会いたくないという娘たち。

おばあちゃんの家族との関係性は
ぐちゃぐちゃ。

娘さんには死んでも連絡しないで
とスタッフが言われていたという。

それでも
娘に会いたいというおばあちゃん。

このままで良いのだろうか。

日に日に脈圧は弱くなる。
呼吸も肩でし始めている。

もともとは一緒に暮らしていたのに
ある日を境に離れることになった。

解決したいのは私のエゴなのか?

迷いに迷い
最期までとことん向き合うことにした。

怒鳴られるかもしれないと腹を括り
電話をかけた。

電話に出てくれた娘さんたち。

止まらない怒りと悲しみに
ひたすら耳を傾けた。

私たちの知らないおばあちゃんの過去があった。

いかに娘さんたちが大変だったか
改めてよくわかった。
それは壮絶だった。

嘘つきで不誠実で依存心が強いおばあちゃん。

それは彼女の生活をみていたら
本当によくわかる。

「私からも話をさせてもらっても良いですか。」

止まらない話に
思い切って話の流れを変えようと
私から話をし始めた。

おばあちゃんは少しずつ変わった。

最初の頃はその嘘つきで不誠実で依存心が強いことは私たちもよく感じており
何度も何度も彼女とぶつかってきた。

退去の話が出たことまであった。

それでもおばあちゃんは
コイノニアにいることを選択し

月日を重ね
おばあちゃんは少しずつ変わった。

ある日から少しずつ
彼女は人のために生きるようになった。

認知症になってからの変化

自分より弱い者の心配をし
自分ができることをし始めたこと。

特に認知症になってからは
正直者になり純真な幼い子供のように可愛らしくなったこと。

死生観を語る対話会では
何も答えられなかった彼女が
【誰かの役に立つ】というカードを選び
最後まで人の役に立って死にたいというようになったこと。

娘さんたちの心が動いた

そんな話をしているうちに
娘さんたちの心が動いた。

「この歳になって、母はやっとそういう生き方ができるようになったんですね」と。

怒ってもいいしぶん殴ってもいい、
どうか会いに来て欲しいと伝えた。

「これから妹に会いに行って話をします。
それから2人で母に会いに行きます。」

今だから向き合えた

死を目前としたおばあちゃんにも
もう死ぬからと諦めず

娘さんたちの正直な気持ちを
代弁させてもらった。

「最期くらい、娘さんたちに母親らしい姿を見せてあげて。しっかりと向き合うんだ。
娘さんたちの想い、全身で受け止めて。」

そう伝えるとご本人は目を大きく開けて
私の目を見て深く頷いた。

娘さんたち2人一緒にいらした。

母親のせいで不仲になっていた
姉妹仲も解消したらしく
お2人とも笑顔で朗らかだった。

最初は娘さんたちにしかめっ面で目を背ける
おばあちゃん。

気まづそうな顔。笑

でも少しずつほぐれてきたのか
後半は目を合わせるようになった。

娘さんたちは決して許したわけではない。
ただ最期くらいは、顔を見て
そして墓に入れてやろう。

そういう気持ちだそうだ。

そして今だから向き合えた。
今じゃないと向きえなかった、と娘さんたち。

おばあちゃんがしてきたことの
過去は消えないかもしれない。

でも娘さんは

「私はこれから自分の人生を歩むよ。
もうお母さんに振り回されるのはやめるね。」

と言った。

本当の意味での和解の瞬間に
立ち合わせていただいた。

虫の知らせ

聞くとお2人ともここ最近
母親のことをよく思い出すようになっていたそうだ。

おばあちゃんも突然娘に会いたいと
泣き始めたことも
私から娘さんたちにも話したが

虫の知らせというものは
本当にあるもんだなと私と娘さんたちと
夜中にかけつけてくれたスタッフたちと
この不思議なつながりをしみじみ感じた。

おばあちゃんが私たちを動かした。

これは介護の役割ではないのかもしれないが
この瞬間のために今まで介護をしてきたのではないかと思う。

おばあちゃんの
“娘さんに会いたい”という言葉がなければ
私もここまで動こうと思わなかった。

おばあちゃんが
私たちを動かしてくれたのだ。

.

だが、まだおばあちゃんの人生は
終わってはいない。

きっと最期までたくさんのことを
私たちに学ばせてくれるのだろう。

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